沿革/理研電線の成り立ちとその歴史
沿革/
理研電線の成り立ちとその歴史
常に時代と顧客のニーズに応えてきました。
理化学研究所は、近代資本主義の父と呼ばれる大実業家、渋沢栄一の呼びかけでつくられた国の研究機関。その設立目的は、「科学の究明をもって産業の基礎を固め、西洋に劣らぬ国力をつけよう」というものでした。
こうした目的のもと、研究所の発明や研究成果を社会に還元するために尽力したのが、3代目所長の大河内正敏博士です。1927年の理化学興業株式会社の創業を皮切りに、当時の研究室から新たな会社が60以上も誕生。これが「理研コンツェルン」と言われる産学複合体の企業グループで、戦前の日本の産業を牽引する大きな力になりました。私たち理研電線も、同じ時期に生まれ「理研コンツェルン」の一員となった会社です。
理研電線は、1934年、当時輸入に頼っていた伸線・錫メッキ線を製造するために、東京・品川で創業。翌1935年には、理化学研究所よりエナメル塗装線に関する特許実施権を取得し、エナメル銅線・綿絹巻線の生産を新潟で開始しました。
以来、1945年に現在のNTT、日本電信電話公社の通信ケーブル製造認定業者として同社の様々な要望に対応。同時に、多品種化にも取り組み、時代のニーズに応える形で、1955年にはエレベータ用ケーブル、1984年には光ファイバケーブル関連部品、2011年にはソーラ用平角線の生産を開始。トップシェアを誇るエレベータ用ケーブルは、日本最初の高層ビル「霞が関ビル」に使用されたのを始め、現在国内では「六本木ヒルズ」や「あべのハルカス」、海外では中国の「マカオタワー」や「上海中心」など、日本国内と東アジアで20以上の超高層ビルで使われています。他にも、独自に開発した溶融はんだメッキ方式によるソーラ用平角線、電子部品加工品などは、技術と品質で業界をリード。大手電機メーカーをはじめ多くの国内外の企業に採用され、「線」に特化した企業として確固たる地位を築いてきました。
現在は、スマートフォンのタッチパネルに使う光学薄膜形成装置の電源やコントロール部分をメーカーと共に開発する他、倉庫や工場、体育館など大型施設用の大光量・省エネを実現した高天井LED照明の製造を行うなど、「情報通信市場」、「エレクトロニクス市場」、「社会インフラ市場」に向けて30種以上の製品を提供。研究所から生まれた企業のDNAは、「理研」の名前とともに、時代のニーズに対応した独自性の高い製品の中に生きています。
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1934年
理化学研究所長大河内正敏博士らにより、東京都品川区に大和電線株式会社を設立。伸線、錫メッキ線の製造開始。
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1935年
理化学研究所よりエナメル塗装線に関する特許実施権を取得し、理研電線株式会社と改称。
工場を新潟県白根市に移転、白根工場とし、エナメル銅線、綿絹巻線の製造開始。 -
1938年
大森、品川工場発足、ゴム絶縁電線の製造開始。
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1940年
市川、鈴ヶ森、向島工場発足。
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1944年
理研紡織株式会社を吸収合併するとともに、都内の工場を千葉県市川市に移転集約し市川工場とする。
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1945年
日本電信電話公社より納入指定メーカーに認定される。
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1954年
東京証券取引所上場。
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1955年
エレベータ用ケーブルの製造開始。
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1960年
コイル製品の製造開始。
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1961年
通産局長賞受賞。
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1963年
白根大凧合戦に参戦開始。
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1966年
工業技術院長賞受賞。
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1971年
ステンレス鋼線の製造開始。
精密金網製造のため理伸工業(株)設立。 -
1981年
市川工場を千葉県市川市塩浜に移転新設。技術研究所発足。
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1984年
光ファイバケーブルの製造開始。
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1985年
電源コード製造のため理研加工(株)設立。
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1990年
光部品製造のため理研ファイテル(株)設立。
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1992年
平川製線株式会社と合併。
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1994年
新藤興業製造廠有限公司(公司:香港、工廠:中国東莞市)に出資。
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1996年
市川工場ISO9001取得。
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2000年
市川工場ISO14001取得。
市島工場ISO9001取得。
光学薄膜形成用装置の製造開始。 -
2001年
光・電子部品事業所ISO9001取得。
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2004年
市島工場ISO14001取得。
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2006年
市川工場を千葉県市原市へ移転、千葉工場とする。
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2008年
古河電気工業株式会社の完全子会社となる。
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2010年
巻線及びステンレス線を古河マグネットワイヤ(株)に分割承継する。
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2011年
ソーラ用平角線の製造開始。
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2012年
エレベータ用ケーブル製造のため中国河北省に理研華通(唐山)線纜有限公司を設立。
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2013年
高天井用LED 照明の製造開始。